取材・文:見吉 由記
ロッククライマー・整体師
真っ直ぐに生き、樹のようにしなやかに在る
身体と自然から問い続ける男
— 蛯名直樹という生き方
ロッククライマー・整体師
真っ直ぐに生き、樹のようにしなやかに在る
身体と自然から問い続ける男
— 蛯名直樹という生き方
フランスと日本を行き来しながら、身体・自然・食・文化を横断し、自らの感覚を拠り所に生きてきた蛯名直樹さん(46)。
彼の人生は、成功物語でも挫折物語でもない。むしろ、違和感に忠実であり続けた軌跡だ。
効率や常識が優先されがちな現代において、蛯名さんは静かに問いかける。
「自分は本当に、何を大切にして生きたいのか?」
蛯名さんが長く拠点としたのは、フランス・パリ近郊のフォンテーヌブロー。
世界有数のボルダリングの聖地であり、森と岩が共存する独特の風景が広がる場所だ。
彼は自然豊かな地区に住み、自然のリズムに近い生活を送ってきた。周囲には、パーマカルチャーに関心を持つ人々、アーティスト、農家、職人、パティシエ、思想家などが集まり、それぞれが自分の道を深く追求していた。
「エネルギーのある人、自分を持っている人が多かった。
世間の“普通”に合わせるより、自分の感覚を信じる人たちでした」
農薬への違和感、オーガニックな食、循環する暮らし、自然との関係性 それらは特別な思想ではなく、日常の前提だった。
日本に戻ってきてから感じたのは、「ここにも同じ感覚はあるが、言語化されていないことが多い」ということだった。
蛯名さんの原点には、アイスホッケーがある。
学生の頃、激しい競技の中で身体を酷使し、やがて限界を迎えた。
その経験が彼を整体の道へと導く。
ただ治すだけではなく、「なぜ壊れたのか」「どう生きれば壊れないのか」を探るようになった。呼吸、姿勢、意識、緊張、リラックス、自然とのつながり すべてが一本の線で結びついていった。
「強さって、無理を重ねることじゃない。
本来の自分に戻ることなんだと気づいたんです」
その変化は、まず彼自身に現れ、やがて家族や身近な人々にも波及した。
強さとは、威圧ではなく“整い”。
支配ではなく“しなやかさ”。
この身体観は、彼の教育観にも深く影響している。
蛯名さんにとってクライミングは、単なるトレーニングでも趣味でもない。
それは、自分と向き合い、自然と対話し、世界の見え方を変える“装置”だ。
山に入り、岩に触れ、土に座る。
わらびを採って食べ、クレイ(土)を拾い、職人や料理人と共有する。
その一つひとつが学びであり、哲学だった。
「やってみないとわからないことがある。
頭で理解する前に、身体が知るんです」
クライミングイベントでは、技術を教えるだけでなく、問いを投げかける。
・なぜ怖いのか
・なぜ行きたいのか
・なぜやめたいのか
・どこで自分は止まっているのか
答えは与えない。自分で気づくための場をつくる。
蛯名さんの食は、和食を基本にしたシンプルなもの。
グルテンフリーを実践し、オーガニックワインや薬膳酒、地元の食材などにも関心を持つ。
食は身体の栄養だけではなく、心の栄養でもあり「関係性」だという。
誰が作ったのか、どこで育ったのか、土はどうだったのか、自然はどう関わっているのか。
その背景を知ることが、食べるという行為を豊かにする。
「食べることは、世界とつながることなんです」
日本の食文化の深さに改めて気づき、「海外にいたからこそ、日本の豊かさが見えた」と語る。
フランスで出会った女性との間に子どもがいる蛯名さんは、「子どもに日本の文化を体験させたい」という思いを強く持っていた。これが帰国の大きな理由の一つだった。
ただ教えるのではなく、「体験させたい」。
山に連れて行く。
火を使う。
土に触れる。
食べ物を自分で採る。
そして、問いを投げる。
「強いって何だと思う?」
彼は、答えを言わない。
自分の生き方で示す。
フランス語の crazy は、単なる奇抜さではない。
「強いこだわり」「ぶれない感覚」「自分を貫く姿勢」に近い。
蛯名さんのクレイジーさは、派手さではなく静かな一貫性にある。
愚痴を言うより行動する。
批判するより実践する。
流されるより感じる。
「愚痴ばかり言う人より、小さくても楽しんで行動している人のほうが、ずっと強い」
取材・文:見吉 由記