林業

林業

皆上 伸さん

真っ直ぐに生き、樹のようにしなやかに在る

「山の価値」を人の心に植える林業マン

県庁職員から起業家になった、超行動派のきこり
三本木高校出身、39歳の皆上伸さんは、制度の内側にいながら、林業の外側を見続けてきた人物だ。

彼の歩みは順風満帆ではない。むしろ、違和感、衝突、挫折、そして跳躍の連続だった。
それでも彼は止まらない。なぜなら――「山は365日、変化し続けているから」だ。

Nikonに直談判した“クレイジーな一歩”

すべての転機は、一枚の林業写真から始まった。
皆上さんは、林業の現場を写真で発信することに強い使命感を感じ、ヒントを探すためにNikonの100周年ファンミーティングに自費で参加。そこで出会ったNikon関係者に、懇願した。
「青森の林業をより良いものにするために、Nikonの力を貸してほしい。」
普通なら気後れする場面。しかし皆上さんは、そこから人間関係を広げた。
担当者から上層部へつながり、Nikonが動き出した。
制作に公費を支出しない“キコリカレンダー”という前例のないプロジェクトが動き出した。
そのほかの協力企業として、岩手県の川口印刷工業、マエダストアと交渉を重ね、販売に漕ぎつけた。3年で売上600万円を叩き出し、利益は山づくりに寄付した。
「量」ではなく「質」の林業へ。
山の木を一本も切らずに価値を生む試みだった。

組織との衝突と、34歳の決断

しかし理想は必ずしも組織と折り合わない。
上司が変わったことで、「キコリカレンダーはもうやめろ」と言われた。
通常業務は“赤点ギリギリ”。評価されにくい仕事ばかりだった。
それでも皆上さんは自分の時間を使い、週末に取材を続け、60人以上の林業関係者に会った。
上司に文句を言われないようにしながらも、「本当に林業を良くするには、自分の頭で考えて動くしかない」と悟った。
34歳 キャリアの波に乗るべき時期に、彼は県庁を辞める。
その決断の背景には、世界を舞台に活躍する写真家の山口規子さんとの交流があった。2018年、キコリカレンダーの一環・県庁職員への写真撮影講習で出会い、相手のことを思ってどうするのか、という、人生観に影響を受けた。その後、当時の山口さんの被写体だった95歳のキコリの撮影に同行し、山に入り話を聞く機会が幾度かあった。その際、軽トラ一台の丸太が6,000円という現実を目の当たりにして、皆上さんはこう感じたという。
「100年間同じ林業をやってきて何も変わっていない。どうしたらより良い林業にできるのか」そう考えずにはいられなかった。

一本1,000円の木が、3万円になる瞬間

林業の現実は厳しい。
高さ30メートルの大木が、たった1,000円で取引されることもある。
祖父世代が50年かけて育てた木が、その値段で売られる――。
その違和感が、皆上さんを動かした。
転機は「緑の募金」だった。
募金者に「500円以上の寄付でおちょこを差し上げます」と声をかけたところ、その日の募金額が3万円になった。
変哲もない端材が3万円の価値に変わった。
この出来事から木工旋盤を導入。
「素材のままでは安い。
木材を加工して価値を高め、山の持ち手に多く還元できる仕組みができれば、林業は変わっていくのではないか。」という思いが浮かんだからだ。
その後、木材の調達先を探すが購入場所がない、自前の丸太があっても製材してくれる地域の製材所の多くが閉業しているという現実にぶつかる。
「製材を自分でやるしかない」状況を目の当たりにして、消えゆく小規模製材所を自ら起こし、運営していく決意をした。

「日本の林業におけるゲームチェンジャー」

ある夜、海外の木工作家が製材機を動かすユーチューブ動画を見た瞬間、目が釘付けになった。
画面の中で製材機は、刃を90度角度を変えながら木を切っていく。動画を見つめながら、皆上さんは確信した。
「これが、日本の林業を変える。」
その製材機がニュージーランドの「ターボソーミル」というメーカーだと調べ、即本社へ連絡。その月のうちに海を越え、ターボソーミル社に直撃訪問。
結果、彼の熱い想いは日本専売契約をその場で引き寄せた。
それからの彼は、このターボソーミルという軽トラ1台で運搬、設置ができる移動製材機を普及させるため、日本全国を飛び回っている。

全国へ広がる「自分で価値をつける林業」

全国を回りながら大切に伝えていること。
今までの丸太の価格に縛られないこと
自分で加工し、自分で価値をつけること
価格を10倍にする発想を持つこと
「製材こそ、木材利用の一丁目一番地」。
大手だけが残る構造に抗い、小さな製材所の可能性を広げている。

Nikonから学んだ「変えない強さ」

皆上さんの哲学は、Nikonにも影響を受けている。
1959年からマウント径44mmを変えないという選択。
流行に合わせて変える他社とは対照的に、Nikonは“資産としてのレンズ”を守ってきた。
「おじいちゃんのレンズを孫が使える――それが信頼だ」
大学時代、父からもらったのもNikon。
1960年代のレンズが今も使えることに、彼は“つなぐ力”を見た。
これは日本の林業にも言えること。大切につなげていく。それは私の使命だ。

走り続ける人 動くことで考える

皆上さんは動き続ける人だ。
日本一周をバイクで1回、車で3回
20回フラれるも、想いを伝え続けて成功
製材機に惚れ込み、ニュージランドへ突撃
彼はこれを「無駄」とは呼ばない。
モヤモヤしたときは、足を動かす。マグロのように止まらない。
フルベットしない。
リスクを上手に取る。
そして何より、やってみる。

山の頂で何を思うか

最近読んだ本の一節が、彼の生き方を象徴している。
「山の頂に立ったとき、落ちたとき、
何をするかを強く思い描くことが大切だ」
谷に落ちても自己否定しない。
ネガティブに溺れない。
そして、忘れる力を持つ。

パッションがすべて

皆上さんは言う。
「細かいテクニックより、パッション。
やらなければ始まらない。これが本物だ」
失敗のスピードを上げる。
準備がなくても走る。
退路を断つ。
好きなことを優先する。
これが彼の流儀だ。

誠実なストーカー?笑顔あふれる挑戦者

中学時代、劣等感を抱いた経験もあった。
だが母の言葉が彼を支えた。
「二日に一度は、いい言葉に置き換えなさい」
怒りも、愛も、失恋も、すべて燃料に変えた。
何度失敗しても「なんとかなる」ことを知った。
そして今も、彼は笑う。
誠実で、執念深く、しかしどこか愛嬌がある それが皆上伸という人だ。

これからの皆上さん

彼の挑戦は始まったばかりだ。
林業の“クレイジー”な仲間たちとの連帯
熟成の達人・シナさんとの対話
製材を通じた価値創造
人の心に「木」を植える活動
山は待ってくれない。
だから彼も止まらない。

クレイジー人材バンクは、こうした人を伝えていく。
皆上伸は、山を変えようとしているのではない。
人の心を変えようとしているのだ。

取材・文:見吉 由記

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