アートファーマー

アートファーマー

アボット美佳さん

正解は1つじゃない。人生は意外と楽しい

世界各国を移住しながらの子育てで
育んだ、軽やかに考え続ける生き方

1章

アートを介して人と人をつなぐ「常連さん」

八戸市美術館の活動に関わる市民を「アートファーマー」と呼ぶ。
美術館を拠点に、アートを通して人や地域をつなぎ、コミュニティを育てていく存在だ。

アボットみかさんも、その一人。
美術館での建築ツアーガイドや広報活動、アーティストの制作サポートなど、活動は多岐にわたる。

みかさん自身は、アートファーマーという立場をこう表現する。

「居酒屋とかパブの常連客みたいなポジションです。
初めて来た人に『何が美味しい?』って聞かれたら、『これ頼んでみたら?』って勧める感じ。裏メニューに詳しい常連さん」

展示の現場では、海外からの来訪者の対応を頼まれることもある。
浮世絵をテーマとした企画展の際は、突然訪れた海外のキュレーターの通訳を任された。

「アートの専門家だからか、こちらの説明にはあんまり興味がなかったみたい(笑)。代わりに『この技法は…』ってテクニカルな話をしてくれて。通訳しながら私のほうが学んでました」
そう言って笑う。

米国外交官の夫との離婚を経て、みかさんが帰国・帰郷したのは、2024年の夏だった。
楽天家の彼女にとっても、人生でいちばん落ち込んだ時期だったという。
アートファーマーという取り組みに出会ったのは、そんなときだ。

アートファーマーについて知ったとき、いつかニューヨークの美術館で観たゴッホの「星月夜」が頭に浮かんだ。
ゴッホが見ていた世界に自分も触れられた気がして、いつのまにか涙が出ていた。
作り手と受け手が、時間や場所を超えてつながる。
語れるほど詳しくはないけれど、そんな体験が、アートを身近なものにした。

2章

世界を移動しながらの子育てで、培った視野

「すべて、いいところに収まったのかな。
電車に乗っていたら声をかけてもらったり、スーパーに行けば知り合いがいたり。
そういう生活、楽しいですね」

帰郷から1年余りが過ぎた今、みかさんは日常を楽しんでいる。
実に25年以上、地域に根差した暮らしから遠ざかっていた。

高校卒業後に渡英し、やがて結婚。夫の仕事の都合で世界各地を転々とする生活が始まった。
言葉も文化も制度も違う環境で、2~3年おきに生活を一から組み立て直す日々。日本語を使う時間は減り、「日本語のほうが表現が難しいこともある」と感じるようになったという。インタビューの途中でも、英単語が自然に混じる。

子育ても世界を転々としながらだった。
国が変われば、学校の仕組みも、子どもへの接し方も違う。「正しい」と思っていた判断が、別の場所では通用しないこともある。
みかさんは自分の考えを「一つの正解」として押しつけないようになった。

アジアのある国で暮らしていた頃、子どもを連れてそれほど安全ではないエリアに行ったことがある。
違法な商品を売る店が並ぶ一角だった。

「確かに違法だけど、でも、この人たちは生きるために仕事としてこれを売っている」
そう話したという。
「正しさ」よりも先に、現実を知ってほしいと思ったからだ。

「Maybe I’m wrong」
自分が間違っているかもしれない、という前提を置くこと。
みかさんは、繰り返し子どもたちに伝えてきた。
それは、立ち止まって考え直すための、おまじないのようなものだ。

日本、北東北の地方都市・八戸。
ひとつのまちに長く暮らしていると、見えなくなるものもある。
身近すぎるからこそ、ネガティブな点が目に付くこともあるだろう。
伝統が因習に、絆がしがらみに、守られることが縛られることに、見えてしまうこともある。

けれど八戸の人々が持つ価値観についても、みかさんは良し悪しを単純に分けない。

「頑固おやじがいるから、若者が『ほかの世界を見たい』って行動できるってこともあるんじゃない? 昔ながらのやり方を守る人も、外に出る人も、どちらかが正しい、間違っているというわけではなくて。変わる人もいれば、変わらない人もいる。その選択肢が並んでいる状態そのものが、面白い」

3章

立ち止まることから始まる「ジャンプ」

「変わる人も変わらない人もいていい。選択肢が並んでいる状態そのものが、面白い」
地方にいると、そういうおおらかさは、やっぱり“特別”に見える。
だからつい、こう聞いてしまう。

「長く海外で暮らしてきたからこその視点ですよね」

そう言うと、みかさんは少し笑って、首を横に振った。

「うーん、でもね。そんな特別なことじゃないと思うんです」

海外に行くこと自体が大事なのではない。
みかさんが大切にしているのは、「一つの世界から、別の世界に動くこと」だ。

国境を越えることもあれば、環境や立場が変わることもある。
それまで当たり前だと思っていた前提が、ふっと揺らぐ瞬間。
そのとき、ものの見え方が少し変わる。

「それを私は、“ジャンプ”って呼んでるだけ」

ジャンプは、誰でも、どこでも、いつでもできる。
自分が「正しい」と思っている場所から、ほんの一歩、外に出てみること。
「Maybe I’m wrong」だ。
「もしかしたら、私、間違ってるかも」と立ち止まることだ。

みかさんがアートファーマーとして目指すのも、大きな変革ではない。
その場に身を置き、人と人が出会う瞬間に立ち会いながら、
別の見方があることを、そっと差し出す。

「よかったら、こっちも見てみます?」

その何気ない一言が、誰かにとっての小さなジャンプになるのかもしれない。

取材・文:馬場 美穂子

もっと知りたい方へ(活動リンク)

アボット美佳さん

八戸市美術館にて「アートファーマー」(美術館ボランティア)として活動中。
25年以上におよぶ海外での生活を通じ、多様な価値観や視点に触れる。
この経験から得た「世界は一つではない」という感覚を軸に、地域内外の人々と対話を重ねながら、考え方の幅をひらく場づくりや情報発信を行っている。
「Maybe I’m wrong(私が間違っているかもしれない)」という柔軟な姿勢を大切にし、世代や立場を越えた関係性の中で学び続ける。

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